のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港OPEN!!

【寺家キリコ祭り】2026年の開催日・時間・駐車場・見どころ|石川県珠州市

スポンサーリンク
©石川県観光連盟

『寺家キリコ祭り』が石川県珠洲市の「三崎町寺家一帯」で2026年9月12日(土)に開催されます

寺家キリコ祭り 開催概要

2026年の『寺家キリコ祭り』は、2026年9月12日(土)に開催が予定されています

『寺家キリコ祭り』は、石川県珠洲市三崎町寺家にある「須須神社」の秋季例祭です

毎年9月の「第2土曜日」に開催される伝統的なお祭りで、日本最大級のキリコ(奉燈)が登場することで知られています

イベント名寺家キリコ祭り​
イベント内容・「須須神社」の秋季例祭
・日本最大のキリコが登場
開催日2026年9月12日(土)
※毎年9月第2土曜日
開催時間
開催場所須須神社および周辺
(〒927-1451 石川県珠洲市三崎町寺家4−2)
アクセス[車]
金沢からのと里山里海街道経由約2時間40分
能登空港から約1時間
駐車場あり
公式サイト寺家の秋祭り|珠洲市
お問合せ珠洲市観光交流課(TEL.0768-82-7776)

※イベント詳細や最新情報は公式サイトをご確認ください
※掲載されている情報は、時間の経過により実際と異なる場合があります

寺家キリコ祭り お祭りの見どころ

  • 日本一の巨大キリコ:登場する4基のキリコのうち、最大のものは高さ16.5メートル、重さ4トン、屋根の大きさが畳約12枚分という日本一の規模を誇ります
  • 豪華絢爛な美術工芸:巨大なだけでなく、総漆塗り(輪島塗仕上げ)やふんだんな金箔、四本柱の昇り龍・下り龍など精巧な彫刻で美しく装飾されています
  • 幻想的な夜の巡行:夜になると巨大なキリコに灯りがともり、海岸沿いの道をゆったりと巡行します。波間に灯りがゆらめき、夜通し朝方まで続く熱気あふれる光景は圧巻です

寺家キリコ祭りへのアクセス方法と駐車場

『寺家キリコ祭り』が開催される「須須神社」周辺は能登半島の最先端近くに位置するため、基本的には「車(レンタカーなど)」でのアクセスがおすすめです

車でのアクセスと駐車場

金沢市内からは片道およそ3時間〜3時間半かかります

  • ルート:金沢方面 ⇒ のと里山海道 ⇒ 能越自動車道「のと里山空港IC」下車 ⇒ 珠洲道路を経由して須須神社へ(ICから約65〜75分)
  • 駐車場:例年は「寺家漁港前」などに臨時駐車場(無料・約30台)が設けられます
    • 注意点:駐車スペースが非常に限られているため、夕方以降はすぐに満車になる傾向があります。また、キリコの巡行ルート(県道28号線など)や乱舞エリア(漁協横の広場など)は駐車禁止・夜間通行規制の対象となるため、現地標識の指示に必ず従ってください

公共交通機関でのアクセス

公共交通機関を利用する場合、複数のバスを乗り継ぐ必要があるため注意が必要です

  1. 特急バス:JR「金沢駅」西口 から 輪島特急線(北鉄奥能登バス)に乗車し、「のと里山空港」で下車(約2時間30分)
  2. 路線バス:穴水珠洲C線 に乗り換えて「すずなり館前」で下車(約50分)
  3. 地域バス:「すずなり館前」から 珠洲市コミュニティバス「すずバス」(狼煙飯田・海ルート)に乗り換え、「須須神社前」バス停で下車すぐ(約30分)

注意点:夜通し行われるお祭りのため、帰りの夜間・早朝の時間帯は公共交通機関の運行がありません。公共交通機関を利用する場合は、事前にタクシーを配車するか、周辺での宿泊が必須となります

能登半島地震の影響により、道路の復旧状況や現地の受け入れ態勢(駐車場の場所や台数制限、周辺の通行規制など)が例年と大きく変わっている可能性があります

お出かけの直前には、必ず最新の情報を珠洲市観光交流課(0768-82-7776)や石川県観光公式サイトなどで直接ご確認ください

寺家キリコ祭りとは

寺家キリコ祭りは、石川県珠洲市三崎町寺家にある古社・須須神社の秋季例祭で、日本最大級の巨大なキリコ(奉燈)が夜を徹して巡行する伝統的なお祭りです

毎年9月の第2土曜日に開催されます

舞台となる「須須神社」の古い歴史

お祭りが催される須須神社は、紀元前(第10代崇神天皇の時代)に創建されたと伝わる極めて歴史の深い古社です

かつては能登半島の最北端にある山伏山の頂にありましたが、天平勝宝年間(749年〜756年)に現在の寺家地区へと移されました

古代から「日本海側一帯の守護神」や「東北鬼門の守護神」として、人々から篤く信仰されてきた場所です

「キリコ祭り」全体の由来

能登地方の「キリコ祭り」は、江戸時代(17世紀半ば〜後半頃)に始まったとされています

もともとは、夜間に神輿(みこし)が巡行する際、その道中や足元を明るく照らすための「御神燈(ごしんとう)=大きな灯籠」として担ぎ出されたのが始まりです。

この灯籠は「切子灯籠(きりことうろう)」と呼ばれ、それが縮まって「キリコ」と呼ばれるようになりました

寺家でキリコが巨大化した理由

江戸時代後期になると、能登半島の各集落の間で「キリコの大きさや豪華さを競い合う風潮」が生まれました

特に寺家地区は、かつて北前船(きたまえぶね)が寄港する賑やかな港町として栄えていました

海運業によって経済的に豊かな地域であったため、集落の威信と誇りをかけて、より大きく、より豪華なキリコが作られていきました

その競争の結果、能登ヒバ(アテ)をふんだんに使い、輪島塗や金箔、精巧な龍の彫刻を施した「高さ16.5メートル・重さ4トン」という日本一の巨大キリコが誕生したのです

寺家キリコ祭りは、ただのイベントではなく、何世代にもわたり地域の人々が「我が町の誇り」として受け継いできた大切な信仰のカタチです

タイトルとURLをコピーしました